【英語上達のコツ】最強の先生は「必要に迫られること」
“失言大臣”の資質を問うのもやってもらいたいけど、本質の議論は大丈夫?
何の話かって、英語の民間試験導入の件です。
萩生田光一氏と言えば、これまでにも物議をかもす発言がずいぶん多かった政治家。その人が「身の丈」などと言ったものだから、問題が別のほうへ向いちゃいましたが、コトのいきさつは
- 中学高校と6年間勉強しても、日本人の英語力は国際的に通用しない
- それは文法・読解偏重の学習で、話す訓練が足りないからだ
- それでは話す授業を増やそう。その力を大学入試でも問うことにしよう
- しかし、話す力のテストは、大量同時実施が物理的になかなか難しい
- それなら『英検』など民間の試験を受けさせ、その成績を使おう
ということだったと、ぼくは理解しています。
つまり問題の根っこは
「6年間(+小学校で少し)勉強しても、日本人は英語が話せない」
ということ。
なぜそんなに日本人は英語が使えないのか。
ぼくが思うに答えは明白で
「必要に迫られないから」
だって、国語も算数・数学も理科も、小・中・高ずっと習うけど、形容動詞の活用とか因数分解の仕方とかイオン化傾向の順番とか、大人になっても覚えてる?
日々の暮らしでまったくと言っていいほど使わないから、忘れちゃうでしょ。
英語だって同じ。勉強したって使わなきゃ忘れちゃう。
証拠を挙げます。
フィンランドで感じた“変化”
この夏休み、家族でフィンランドを旅行しました。
実は約20年前にも行ったことがあるのですが、今回、そのときと大きく違うなと思ったことがあります。
それは、英語が格段に通じやすくなったこと。
たとえば、ノルウェーとの国境に近い、田舎の集落。小さなガソリンスタンドがあり、店番をしていたのは、70代くらいのおばさん。でも給油法とお金の払い方(現金はこう、カードならこう)みたいな複雑な内容を、ちゃんとわかるような英語で話してくれました。
この20年の間に、フィンランドで何が起きたのか。
これはぼくの想像でしかないのですが、人々の間に、英語で話す必要性がかなり高まったのではないでしょうか。
それは、EUに加盟したから。
“国境”というものが実質的に消滅し、他の国籍の人がフィンランド国内で爆発的に増えた結果、『共通語』として、英語を話さざるをえなくなったのだと推測します。
もっとも身に付いたのは、渡米前の“にわか勉強”
続いては、自分自身の経験。
中学、高校、それに大学の一般課程の2年間と、ぼくも人並みに英語を勉強しました。
でも、それよりまちがいなく身に付いたと言い切れるのは、アメリカへ“留学”する前の、半年間ぐらいの駆け込み勉強です。
実はぼく、30代半ばのころ、1年足らずの短い期間ですが、仕事を休職してアメリカへ留学(研修)しています。
受け入れ先となる企業との条件交渉などはエージェントがやってくれましたが、それ以外は何もかも、現地へ行ってから。渡米時点では、住むところさえ決まっていませんでした。
つまり、自分の意思をある程度伝えられる英語力がないと、いきなり路頭に迷う恐れがあったんです。
だから、留学が決まってからの半年間くらいは、がんばりましたね~。
とは言っても30代で普通に仕事をしていて、しかも『働き方改革』とかなんとか叫ばれる前のころ。週に1度くらいは出張や早出や徹夜がある毎日です。
会社から定時で帰れたときだけ、通信教育を利用して机に向かいました。それこそ「身の丈に合わせた」勉強法でしたね(笑)。
でも不思議と眠くならなかったのは、やはり
「そこそこしゃべれるようになっておかないとヤバい」
という、切羽詰まったものがあったからだと、今振り返って思います。
まとめ
ここからは、英語を身に付けたい人へのアドバイス。
※といってぼくも言えた義理じゃなく、留学までしながら、結局はTOEIC750点ちょっとという程度の英語力(今受けたら、とてもそんな点数取れない)。偉そうでごめんなさい
「英語がしゃべれたらいいな」というふわっとした憧れだけで身に付けようというのは、けっこう厳しいと思います。
今の日本、別に英語が使えなくたって全然困りません。いざとなれば翻訳AIみたいなものもあるし。
だから逆に言うと、本当に英語力を伸ばしたいのなら、『必要に迫られる状態』を作っちゃったらいいんだと思います。
外資系の企業へ転職するとか、英語圏の国へしばらく一人旅するとか。
必要性こそ、最強の先生です。
毎回テーマがバラバラで、キャラがちっとも定まらない当『小骨チェーサー』。
これを反省し……ようと思ったのですが、結局またカテゴリーを増やしてしまいました。
でも英語学習については一家言あるので、今後もたびたび書いてみようと思っています。